企業情報創設者

グレープシティ株式会社 創設者・名誉会長

ポール・ヘラルド・ブローマン

(岩佐 勝)

1927年12月17日〜2012年11月24日

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日本の東北を「ふるさと」とよんだアメリカ人伝道者

1927年 12月17日、アメリカ合衆国 ミネソタ州、ダルース市でクリフォード・ブローマンとエルサ・ブローマンとの間に、四人兄弟の長男として生まれました。成績が良くセントラル・ハイスクールの先生方より大学進学を奨められましたが、進学よりも「伝道による奉仕」という人生の道を踏み出すことを選択しました。日本人をこよなく愛し、東北を人生の地に選んだアメリカ人伝道者、それがポール・H・ブローマンです。

すべての根幹にある想い

1946年 18歳~ 第二次世界大戦直後に進駐軍の衛生兵として来日。その時に目の当たりにした日本の惨状に衝撃を受け、「日本人を救うために、神の言葉を伝えたい」と決意。兵役を終え22歳の時に再来日、東北や北海道から福音を伝え歩く旅がスタートしました。仲間たちとともに質素なテント生活を送りながら伝導する活動は、その後日本のみならず、アジアの国々からさらに遠い国々にまで至り、教会や学校の内外、街頭、駅前、大通り、路地などで地道に続けられました。

熱心な教育者

1966年 38歳~ 32歳で日本人女性と結婚。英会話の講師などで生活する中、教職の免許を取得するため大学に通いキリスト者の仲間たちとともに幼稚園、小学校を創設します。「日本人が海外でも活躍できるように」と英会話はもちろん、当時から中国市場に着目し、台湾から教師を招き入れ中国語の教育にも力を入れました。42歳で日本に帰化。妻の旧姓と出身地の岩手県の頭文字から苗字をとり「岩佐 勝」と改名します。
また、学校の会計処理を行うために当時高価で貴重だったパーソナルコンピューターを購入。香港にて買い集めた大量の専門書でプログラミングを独学で勉強し、ダニエル・ファンガー(現グレープシティ会長)らに教え託しました。ダニエルらは1台のパソコンを昼夜交代で使い、オリジナルの会計ソフトを完成させます。これがのちの「LeySerシリーズ」となるのです。

「自分たちで作り上げること」から生まれた事業

1980年 52歳~ 文化オリエント株式会社(現グレープシティ)を創設。私立学校法人向け経理ソフト「LeySerシリーズ」からはじまり、MS-DOS対応BASIC「開発ツール・ライブラリシリーズ」など、現在のグレープシティ主力事業である開発支援ツール部門の先駆けとなるソフトウェアが生まれます。
また、経営する学校向けの映像制作やデザインなども自分たちで手がけ、その制作部が独立したものが現在の「WINEstudios」へとつながります。長年に渡り蓄積した英語習得のノウハウは「GrapeSEED」として現在世界各地で導入されています。

愛にあふれる生涯

2012年 84歳 養子を含め22人の子どもと19人の孫に恵まれた人生、最期は宮城県丸森町の住み慣れた家で、たくさんの家族に囲まれながら見送られました。いつも活動的で心が篤く、家族にとっては勇敢な父親であったといいます。常に願うことはただ一つ「すべての人がキリストとその福音による神の愛を知るように。」この熱く揺るがない想いと多くの人への愛によって、ポール・H・ブローマンの周りには優しく温かい人々が集まりました。園長や社長、名誉会長といった立場になって以後も人から称賛されることを敬遠し、謙虚な姿勢を忘れることなく聖書の教えを貫いた生き方そのものが、現在のグレープシティを導いたと言えるかもしれません。